Darwin Room - BLOG 好奇心の森「ダーウィンルーム」公式日記

好奇心の森「ダーウィンルーム DARWIN ROOM」は、教養の再生(LIBERAL ARTS LAB)を理念に、選りすぐりの古書と動物剥製などの 標本や、研究生活に便利な道具の販売と、専門家を招いたリベラルアーツ・カフェを行うユニークな1階がショップ、2階がラボです。

カテゴリ:暮らしの中で思う

Darwin Room 通信 ▶なぜフィールド生物学なのか?


野生ウシ(バンテン】私たちのダーウィンルームでは、毎月1回催しているフィールド生物学入門シリーズの講座が、この3月25日 松林尚志さんの「ボルネオでシカ、サル、ウシに迫る!」で5回目を迎えます。

なぜフィールド生物学なのか?

私たち人間(ホモ・サピエンス=ヒトという哺乳類)は、さまざまな課題に直面していると思います。例えば少子高齢化社会をどう乗り切るのか?民族の対立など人間同士の争いをどう解決するのか?教育、医療、貧困の格差という階層社会はなぜ作られようとしているのか?生き甲斐の持てる充実した暮らしをどのようにすればできるのか?いじめや虐待を無くせるのか?原子力を使い続ける理由は何か?マスメディアはどうして真実を伝えないのか?自然環境異変にどう対応するのか?、、、などなど、切りのない深刻な問題をたくさん抱えています。

そのような課題を考える時に、はたして人間(ホモ・サピエンス)だけの経験や知識や思いだけで大丈夫だろうか、勝手に思い込んでいるのではないだろうか、、、という理由から、同じ地球で同じ生命から誕生し枝分かれして行った他の生物の生活ぶりを知り参照することは、とても大事なことであり、その生物の生活を現場で観察し続けている研究者の生の話しを聞き、討議することが、私たち人間だけで思い込みに陥っているかもしれない考えの軌道修正をはかる唯一の方法ではないかと考えるわけです。

というふうに、「なぜフィールド生物学なのか?」をむつかしく言うとそういうことなのですが、実を言えばこんなにおもしろい実話を映像を見ながら聞けるのは、ものすごく楽しいということなのです。(TS)

DRのスタッフから、昨日のブログ「3.11の記憶」の表現が軽くて、不幸にみまわれた方々に失礼だし、DRの方向性に誤解を受けると注文がありました。
失礼と感じられた方があれば、私の本意ではなく申し訳ありません。
私としては清心な言葉より、ありのままの私個人の記憶を書きました。
これが私の3.11です。
ありのままの記憶をお伝えするのがこれからの第一歩だと考えたからです。
なぜなら、昨日の多くのテレビ番組では、わずか2年で私たちの記憶が風化したとさかんに「風化」という言葉が使われていました。
これはおかしいとらえ方だと私は思います。
私は風化ではなく、2年であの忌まわしい記憶の、言わば病の状態から健康な状態に回復して来たのだと思います。
みんなの心の回復をまるで悪いことのように「風化」と定義することは間違いだと思います。
それよりも私たちは心を回復し、良い意味でいずれ忘れてしまうかもしれないという、自分たちが変わるということを、冷静に認識した上で、次の世代に同じ被害がもたらされないようにする仕組みを考案すべきです。
仕組みとは考え方も含めてです。
風化ととらえるのは、自分たちが変わらないはずという天動説みたいなものですから、私は自分たちは変わるということを折り込んだ地動説で考え直すべきだと思います。
変なことを言うようですが想像してみてください。
自分たちは変わってしまうという地動説で考えなければ100年後1000年後まで、悲しみに暮れたその思いだけで、後世に伝えられるはずが無いと思うからです。
体験当事者でないからの考えかもしれません。でも学ぼうと思います。(TS)

今日は東日本大震災から満2年目ですね。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
被害を受けられた多くの方々にお見舞い申し上げます。
 
あの日、私は世田谷の自宅である8階建てマンションの3階で、風呂上がりで丸裸でした。
前日から徹夜仕事をして昼過ぎに起きたからです。
脱衣所でカラダを拭いているところを震度5強に襲われ、おおお~っと壁に手を当て立っているのが精一杯でした。
もう治まるもう治まると思っても思っても揺れが止まらず、これはえらいことだ~!
Darwin Roomのある代沢のビルは古いので、これは、、、どうなっているだろう?
働いてるスタッフは逃げられたかな?
ああ~止まってくれ~!
、、、、、、、、、、。
 
やっと静まったところでテレビを観れば、東北を中心にした巨大地震だとわかった。
おっ!仙台の友人は大丈夫か!
すぐ「大丈夫か?」メールすると、「大丈夫!」と返って来て一安心した。
揺れてからまだ10分も経っていなかった。
友人は医者だ、メールは繋がった。
店に電話したら、被害はわずかでみんな大丈夫という、これでホッとした。
そこまで裸だったがやっと下着をつけた。
そしてテレビに釘付けになった。
まるでパニックもののハリウッド映画を観ているようだった。
ウォ~これは~ああ~!
携帯に飛びついて「津波が来ている!大きい!大きい!逃げろ~!逃げろ~!」と仙台に打った。
しばらくして「俺は栗原に来ているから大丈夫」と返って来たが、栗原市が山の方の町と知らない私は
とにかく逃げろ!と言うばっかりだった。
あっTHE STUDY ROOM 仙台店のスタッフや家族は大丈夫か、、、。
 
我に返り、店に行こう、マンションの1階の駐輪場で、また大きいのがグラグラグラ~!と襲って来た!
まずい!こりゃつぶれる~!と思い、走って建物から離れた。
ひとが建物から一定の距離で避難して集まって来た。
電柱がぐ~らぐ~ら揺れていた。
電線は縄跳び状態。
ぼ~ぜんだった。
 
それから、下北沢の暗い生活が始まった。
原発事故、、、。 
Darwin Roomの営業は止めないことにした。
営業してお金を支援の役に立てようと考えた。
そしてDarwin Roomが明るく営業していることで、少しでも皆さんの癒しにつながればと考えた。(TS)

少し感動したことを書きます。
「ハンドサイン(HAND SIGN)」という2005年に結成されたパフォーマンス・グループがあります。
な、なんとダンスに手話を取り入れてオリジナルの手話ダンスのパフォーマンスをしているんですよ!
それは、耳の聞こえない人には目で見て分かるメッセージを発信し、誰もが楽しめる音楽、ダンスの楽しさを伝えたいのだそうです。
彼らが2009年大きく飛躍する、ニューヨークのアポロシアター(マイケル・ジャクソンらも潜った音楽の登竜門)アマチュアナイトTop Dogに挑戦をしました。そしてそれに初出場で優勝をしてしまう離れ技をやってしまったのです。その後継続的に入賞し、アポロシアター・アマチュアナイト公認パフォーマーとされているそうです。
日本でもアポロシアターでの実績を、テレビが取上げ、放送されるなど活躍している。
また、小中学校ろう学校などを回り子供たちとダンスと手話を通じて笑顔になろう!と活動を続けている。
手話を取り入れたパフォーマンスは、ろう者のコーディネーターと一緒に制作をして、正確なものにしている。

HAND SIGNまったく無名の5名の若者が始めたパーフォーマンスが、ひょっとすると、ろうあ者と健常者を結ぶ大きなきっかけを、創るかもしれないと私は感動しました。
自分たちのパフォーマンスのアイデンティティーに手話を取り入れた彼らのコンセプトは、珍しくないような気がするのですが、過去そのようなものは全くなく、独創のパーフォーマンスなんですね。

どうしてなのでしょうか?

私たちの活動も、以前行っていたTHE STUDY ROOMの基本理念が「知ること、学ぶこと」ですし、今のDarwin Roomが「教養の再生」です。
どこかハンド・サインと通底していると思います。
おそらく、まじめなのです。何か世の中に貢献したいというまじめさが共通していると思います。

このようなまじめな理念というのは、あんがい珍しいのです。
珍しいから目立つし、まじめだから嫌われないし、表現が楽しければ応援して頂ける。

私たちDarwin Roomは、もっともっとまじめな理念が登場する時代に期待したいと思います。

iPhone中国・北京の大気汚染はひどいですね!
あの遠くの景色が見えない、微細な塵が霧のように景色を閉ざしている様は、息が詰まります。
私は三重県・四日市の生まれで、小学生の頃に有名な大気汚染の四日市公害を経験しているのですが、北京の景色はそれどころではないでしょう。
しかし、北京の景色は見えるからその恐怖は感じられますが、目に見えないから実感しづらい放射能汚染にまみれた日本のことはどうなのかと考えてしまいます。
どうも、私たちは目に見えないものには深く考えないというところがあります。
例えばスマートフォンはどうでしょうか?
私はiPhoneがないと暮らせないほど依存した生活をしています。実に便利で、最近は肉声の電話をすることがめっきり減ってしまいました。考えたことを記録しておくのも、調べごとをするのも、仕事の連絡をするのも、お金の振込も、目覚ましも、電車の乗り換えを調べるのも、訪問先の道順を調べるのも、自分が今どこにいるのかを知るのも、遠く離れて散らばった級友との愚痴談義までも何もかもiPhone1台で出来てしまいます。
果たしてこの便利なインターネット環境に浸かった生活の行く末はどのようなことになるのでしょうか?
近くの妻や子供への伝達もメッセージ・チャットを使ってしまいます。
家族の在り方まで変って行くと思います。
それだけにとどまらないでしょう。学校の学び方、経済活動や都市と地方の在り方、世界との繋がり方まですべて根本的な構造が変化して行くと思われます。 
この目に見えない生活の変化は、環境汚染のような公害と同じように、私たちの精神に影響を与えるのではないでしょうか?まだ始まったばかりの新しい暮らし方のことですが、10年後を予測する仮説を立て、課題対策も必要となって来てると思います。

30今日の朝日新聞の朝刊一面です。

コンクリートから人へ!
3年前にワクワクして、これからの日本に期待しました。

人からコンクリートへ!
今日はいつか来た道をトボトボ帰る気分です。

私はアメリカの学者の故バックミンスター・フラーの書いた「宇宙船地球号」に二十歳前に影響を受けました。エコロジーの概念の基となった考え方です。「沈黙の春」を著したレイチェル・カーソンやApple創業のスティーブ・ジョブズ 氏も影響を受けた一人です。
 石器からどんどん進化して、ジョブズ 氏の描いた夢、iPhoneなどの繋がる道具によって、今は全世界が一つに繋がっています。
一国の愛国心を叫ぶより、地球号の乗組員としての自覚を共有していけないものかと思います。

宇宙船地球号操縦マニュアル※ バックミンスター・フラー著「宇宙船地球号」は、現在「宇宙船地球号操縦マニュアル」になっています。

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 原発ゼロ路線から推進へ!
 アルジェリアから人質事件犠牲者の帰国ニュースの陰で、こっそりと安倍首相が民主党政権のエネルギー・環境政策をゼロベースで見直すように指示しました。「2030年代に原発ゼロ」路線からの転換を明確にするものです。
 それも、1月25日の朝日新聞の場合、夕刊の2面の下の片隅で、ひっそりと報道されたに過ぎません。1面トップ記事ではないのです??
 しかも福島から待避させられた、明日が見えない数万人の避難民が苦しみ続ける中で、子供たちの甲状腺の調査もまったく進んでいない状況で、また日本が地震の活動期にあり、全国の原発の活断層調査も進めず、いまだ
風前の灯である福島第一原発4号炉燃料棒貯蔵プールに近づけない事態のままなのにです。
 恐ろしい政治が行われています。
 私は原発をただちに廃止すべきという考えです。私たちは新しいエネルギーを開発する能力を十分に持っているし、電力を得るタービンを廻すためのボイラーのお湯を沸かすためだけに、危険極まりない原子力エネルギーを使用する必要なんてまったくないと思います。
 国民の生命と引き換えに、危険な湯沸かし器を推進して行くことを、安倍首相と自民党はやすやすと決めました。マスコミも一緒になって国民に目立たないようにこっそりと報道しています。
 もし、マグニチュード6.0以上の余震で福島第一原発4号炉が崩れたら、東京を含む関東全域から避難しなければならなくなると言われ、30年以内に関東に大地震が起こる可能性は70%以上と予測されています。
 本当にしかたがないのでしょうか?
 これは先の衆院総選挙で国民が選んだ道ですからね、、、、。
 自然の脅威である大地震によって、私たちの生活が根底から崩壊してから後悔してもダメだと考えますけれども、もう方向を変えることはかなわないことなのでしょうか? 
 後の祭りにならないように祈るばかりです。(TS)

先日の大阪市立桜宮高校の部活における体罰自殺事件で思うことが有ります。


Darwin Roomの基本理念は「教養の再生」です。

これは役に立たないたくさんのどうでも良いようなことに、好奇心を持ちどこまでも探究して行くことで、得られる知識がそのひとの教養となり、どこか重要な場面で役に立つこともあるだろうという、ゴールのような目的がなく、むしろ学びそのものが目的の世界です。


そこで体罰自殺事件で思うことですが、橋下徹大阪市長の事件を受けての対応や、そのことから聞こえて来る市教育委員会や校長など教員側の動き、それに合わせたかのような、というかやらせのような運動部主将による体育科入試中止反対声明記者会見など、マスコミやネットの騒ぎを観ていますと、ぼんやり感じることが有ります。


それは、どうして「教養の再生」が重要だと、Darwin Roomが唱えるようになったかということと重なります。


「木を見て森を見ず」という言葉が有ります。

物事の一部分や細部に気を取られて、全体を見失うことですね。

体罰自殺事件をそのような観点で考えました。


まず問題の先っぽである葉っぱのこと。

桜宮高校の部活の目的は何だったのでしょうか?

バスケ部が全国大会に出たり、18年も続く今回の体罰をした顧問教諭の戦績の評価は聞こえてきますが、そのバスケ部で活躍した生徒たちの社会人になってからの生き方のようなものは聞こえてきません。

この顧問教諭や桜宮高校、その保護者たちの生徒に対する期待とか目的は何なのでしょうか?

部活を通して得られた体験や知識を基に、社会に出た後の苦難に向かって行く、力強い考え方を持った社会人になってほしいということなのか?

しかし、、、おそらくそれが目的ではなく、別のイメージがあるのではないでしょうか?

例えば戦績を通して知名度を上げたい学校側と、有名高だから有利になる就職や進学に期待する生徒や保護者たちの景色です。


葉っぱから次に枝のこと。

部活を含む学校教育全体の目的は何か?

義務教育から高校・大学に至る教育風景を抜きに、今回の事件を見ることは出来ません。

学校教育を通して、人を育てる理念、安倍首相も改革のイメージを唱えておられます。

しかし現状は残念ながら詰め込み主義であり、考える力を持った人間力を育成する教育とは言えないと思います。

そこで、、、ここでも学歴や資格に偏重した保護者や企業社会、いじめがはびこりそれを隠す教育者たち、そして塾通いの子供たちの風景です。


枝から次は幹、木そのもののこと。

そのような教育を受けて排出された私たちがつくって来た社会としての日本の現状です。

社会福祉の在り方を根本から問われる高齢化人口の爆発、晩婚化で子供を作らない若者たち、その生活の基盤を支えられない企業文化の衰退の風景です。


木から最後の森のこと。

世界の中における日本の存在価値のことです。

戦後の国を造って来た「ものつくり」の価値観にしばられて、社会の仕組みや人類の暮らしに変革をもたらすような新しい価値創造ができない企業、景気浮揚だの経済のことばかりに目が向き、領土問題や軍備増強で憲法改正を叫ぶ民族主義の政治、アルジェリア人質問題で安否を邦人のことしか報道しないマスコミ、消費増税し国民を勝手に扱う官僚政治、そして何といっても事故の反省から原発問題に対するマスコミ・企業・大学・政治のおかしな動き、とりわけ選挙結果で示された国民の想像力の貧しさの風景です。


かなり見方に偏りもあろうかと思いますが、大阪市立桜宮高校の部活における体罰自殺事件は、このような私たちの精神構造全体の縮図になっていると考えるべきだと思います。

30発も40発も叩く顧問、いつも繰り返すこの姿が、これは何かおかしいぞ?と全体から考えることができる高校生に、育てることが私たちに出来ていたら、、、こんな不幸なことになってなかったと思います。
逆に森から順番に枝葉の方に目を向けて行くと、今回の尊い高校生の命は、実は国民である私たちが奪ってしまったということが見えてきます。 


昔、福沢諭吉が「学問のすすめ」を出してミリオンセラーになりました。

当時彼は、学問による知識を基にした「考える力」が重要になると問いたわけですが、時代が変っても同じです。
私たちは全体を見通し考え続けるのが、世界を生きるということだと思います。

そして、考えるためにはやはり「教養の再生」だと思うわけです。

今回の体罰による高校生の自殺事件のことも、全体から個々に至る思考の流れを意識して、考えることが大事だと思います。 



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