Darwin Room - BLOG 好奇心の森「ダーウィンルーム」公式日記

好奇心の森「ダーウィンルーム DARWIN ROOM」は、教養の再生(LIBERAL ARTS LAB)を理念に、選りすぐりの古書と動物剥製などの 標本や、研究生活に便利な道具の販売と、専門家を招いたリベラルアーツ・カフェを行うユニークな1階がショップ、2階がラボです。

フンコロガシの話面白い話題|フンコロガシ ナビは天の川
朝日新聞2013.1.28(夕刊10面)に「フンコロガシは天の川を道しるべにしている」という記事が載っていました。
フンコロガシとはファーブル昆虫記でおなじみのスカラベのことですね。フンコロガシはエサにするため、動物の糞をボール状にして巣に運ぶのですが、どのようにして遠く離れた場所にある自分の巣に、迷うことなく大きな糞ボールを転がして行くのかという話しです。それが何と天の川をナビとして使っているというのですが、面白いですね!(TS)

ダーウィンのスケッチおはようございます。

早い時間に目が覚めましたが、今日は寒い日になりそうです。
(絵はチャールズ・ダーウィンの自筆スケッチ)
日本も2013年は大変な年ですが、Darwin Roomも重要な年です。
そもそもDarwin Roomを設立したのは、社会が閉塞感で覆われていた2010年でした。実は2007年に自ら創業して育てたTHE STUDY ROOMの経営から退き、その後3年かけて新たな構想を温めて来たわけです。

そうした理由は、1995年に創業したTHE STUDY ROOM事業を10年かけて全国に拡げ、国立科学博物館などと業務提携をし、さらに高質な独自の事業に発展させようと、2004年にJR東日本グループと資本提携を行いました。

しかし、それが良くなかった。
新しい独自のアイデアを進めるためには、JRから迎えた役員らと話し合い、取締役会で承認を得ないとできないわけです。
これが難しいわけです。
私たちの発想は前人未到の類いですから、前例主義で凝り固まっている人たちと、どこにも例がないことを決めるということは、とんでもないことでした。

でも信じて必死に挑戦したのですが、どうにもできないことがその3年後、ついにわかりました。
そして、有能で大事な大勢の社員、有形無形の財産をすべて残したまま、20075月末に苦労を共にした相棒と二人で退き、はだかのゼロからやり直そうと決めたわけです。
それがそもそもの理由です。 

そして、これが温めた新たな構想、好奇心の森「ダーウィンルーム」の基本理念です。


教 養 の 再 生
現在の日本社会では、科学的な知識や技術・教育の専門化が進めば進むほど、その専門の境界を越えて動くことのできる、自由で柔軟な精神としての「教養」が必要だと考えます。

「教養」とは英語で「リベラル・アーツ = liberal arts」といいます。学ぶことが、ある実用的な目的とか、それを勉強すると有利になるとかではなく、自分自身がもっと知りたい、もっと深く考えたいという欲求に忠実に学び、その学ぶという行為を通じて自分自身を自由にしていく力、知らずに成り行き的に決められる状況から自分自身を解放していく力、それがリベラル・アーツです。

評論家の故加藤周一氏が、自動車をつくる技術とか、操縦する技術とかと、それでどこへ行くかとはまったく違うことであり、自分がどこへ行くかを自分自身が決めるためには教養が必要であり、さらには、なぜ生きるのかということを決めるのは、政治家や教師や親とか会社ではなく、私たち一人ひとりだと説かれました。

私たちの挑戦は、21世紀の日本社会で、いわゆる平均的な人間が、性別を問わず、いかに自らを自由人として育成できるのかということです。
ショップ名は、自らがビーグル号に乗って探検旅行に出かけ、そこから持ち帰った大量の標本や知見をもとに、その時代の常識にとらわれず自由に理論的考察を展開したチャールズ・ダーウィンの研究スタイルをイメージの象徴として 「Darwin Room 」としました。

私たちは、何のためにどこへ行くのか、そのことにどんな意味があるのか、それを自分で考えられる人間になるための活動を「教養の再生 = liberal arts lab」と位置づけて、これからDarwin Room号に乗って長い航海に出発したいと思います。どうぞご一緒に行きませんか?


Darwin Roomを設立して3年目、改めて基本理念を読んでいただこうと、早朝から書きました。(TS)


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 原発ゼロ路線から推進へ!
 アルジェリアから人質事件犠牲者の帰国ニュースの陰で、こっそりと安倍首相が民主党政権のエネルギー・環境政策をゼロベースで見直すように指示しました。「2030年代に原発ゼロ」路線からの転換を明確にするものです。
 それも、1月25日の朝日新聞の場合、夕刊の2面の下の片隅で、ひっそりと報道されたに過ぎません。1面トップ記事ではないのです??
 しかも福島から待避させられた、明日が見えない数万人の避難民が苦しみ続ける中で、子供たちの甲状腺の調査もまったく進んでいない状況で、また日本が地震の活動期にあり、全国の原発の活断層調査も進めず、いまだ
風前の灯である福島第一原発4号炉燃料棒貯蔵プールに近づけない事態のままなのにです。
 恐ろしい政治が行われています。
 私は原発をただちに廃止すべきという考えです。私たちは新しいエネルギーを開発する能力を十分に持っているし、電力を得るタービンを廻すためのボイラーのお湯を沸かすためだけに、危険極まりない原子力エネルギーを使用する必要なんてまったくないと思います。
 国民の生命と引き換えに、危険な湯沸かし器を推進して行くことを、安倍首相と自民党はやすやすと決めました。マスコミも一緒になって国民に目立たないようにこっそりと報道しています。
 もし、マグニチュード6.0以上の余震で福島第一原発4号炉が崩れたら、東京を含む関東全域から避難しなければならなくなると言われ、30年以内に関東に大地震が起こる可能性は70%以上と予測されています。
 本当にしかたがないのでしょうか?
 これは先の衆院総選挙で国民が選んだ道ですからね、、、、。
 自然の脅威である大地震によって、私たちの生活が根底から崩壊してから後悔してもダメだと考えますけれども、もう方向を変えることはかなわないことなのでしょうか? 
 後の祭りにならないように祈るばかりです。(TS)

先日の大阪市立桜宮高校の部活における体罰自殺事件で思うことが有ります。


Darwin Roomの基本理念は「教養の再生」です。

これは役に立たないたくさんのどうでも良いようなことに、好奇心を持ちどこまでも探究して行くことで、得られる知識がそのひとの教養となり、どこか重要な場面で役に立つこともあるだろうという、ゴールのような目的がなく、むしろ学びそのものが目的の世界です。


そこで体罰自殺事件で思うことですが、橋下徹大阪市長の事件を受けての対応や、そのことから聞こえて来る市教育委員会や校長など教員側の動き、それに合わせたかのような、というかやらせのような運動部主将による体育科入試中止反対声明記者会見など、マスコミやネットの騒ぎを観ていますと、ぼんやり感じることが有ります。


それは、どうして「教養の再生」が重要だと、Darwin Roomが唱えるようになったかということと重なります。


「木を見て森を見ず」という言葉が有ります。

物事の一部分や細部に気を取られて、全体を見失うことですね。

体罰自殺事件をそのような観点で考えました。


まず問題の先っぽである葉っぱのこと。

桜宮高校の部活の目的は何だったのでしょうか?

バスケ部が全国大会に出たり、18年も続く今回の体罰をした顧問教諭の戦績の評価は聞こえてきますが、そのバスケ部で活躍した生徒たちの社会人になってからの生き方のようなものは聞こえてきません。

この顧問教諭や桜宮高校、その保護者たちの生徒に対する期待とか目的は何なのでしょうか?

部活を通して得られた体験や知識を基に、社会に出た後の苦難に向かって行く、力強い考え方を持った社会人になってほしいということなのか?

しかし、、、おそらくそれが目的ではなく、別のイメージがあるのではないでしょうか?

例えば戦績を通して知名度を上げたい学校側と、有名高だから有利になる就職や進学に期待する生徒や保護者たちの景色です。


葉っぱから次に枝のこと。

部活を含む学校教育全体の目的は何か?

義務教育から高校・大学に至る教育風景を抜きに、今回の事件を見ることは出来ません。

学校教育を通して、人を育てる理念、安倍首相も改革のイメージを唱えておられます。

しかし現状は残念ながら詰め込み主義であり、考える力を持った人間力を育成する教育とは言えないと思います。

そこで、、、ここでも学歴や資格に偏重した保護者や企業社会、いじめがはびこりそれを隠す教育者たち、そして塾通いの子供たちの風景です。


枝から次は幹、木そのもののこと。

そのような教育を受けて排出された私たちがつくって来た社会としての日本の現状です。

社会福祉の在り方を根本から問われる高齢化人口の爆発、晩婚化で子供を作らない若者たち、その生活の基盤を支えられない企業文化の衰退の風景です。


木から最後の森のこと。

世界の中における日本の存在価値のことです。

戦後の国を造って来た「ものつくり」の価値観にしばられて、社会の仕組みや人類の暮らしに変革をもたらすような新しい価値創造ができない企業、景気浮揚だの経済のことばかりに目が向き、領土問題や軍備増強で憲法改正を叫ぶ民族主義の政治、アルジェリア人質問題で安否を邦人のことしか報道しないマスコミ、消費増税し国民を勝手に扱う官僚政治、そして何といっても事故の反省から原発問題に対するマスコミ・企業・大学・政治のおかしな動き、とりわけ選挙結果で示された国民の想像力の貧しさの風景です。


かなり見方に偏りもあろうかと思いますが、大阪市立桜宮高校の部活における体罰自殺事件は、このような私たちの精神構造全体の縮図になっていると考えるべきだと思います。

30発も40発も叩く顧問、いつも繰り返すこの姿が、これは何かおかしいぞ?と全体から考えることができる高校生に、育てることが私たちに出来ていたら、、、こんな不幸なことになってなかったと思います。
逆に森から順番に枝葉の方に目を向けて行くと、今回の尊い高校生の命は、実は国民である私たちが奪ってしまったということが見えてきます。 


昔、福沢諭吉が「学問のすすめ」を出してミリオンセラーになりました。

当時彼は、学問による知識を基にした「考える力」が重要になると問いたわけですが、時代が変っても同じです。
私たちは全体を見通し考え続けるのが、世界を生きるということだと思います。

そして、考えるためにはやはり「教養の再生」だと思うわけです。

今回の体罰による高校生の自殺事件のことも、全体から個々に至る思考の流れを意識して、考えることが大事だと思います。 



遮光器土偶F¥735Darwin Roomでは縄文時代などにつくられた国宝や重要文化財の土偶レプリカを扱っています。これは東京国立博物館や静岡市立登呂博物館などのミュージアムショップで購入することが出来ますが、現在のところ街中ではDarwin Roomしか扱っていません。

最初の写真のものは遮光器土偶 (しゃこうきどぐう)といい主に東北地方から出土し、縄文時代晩期のものが多い。その特徴はまるでのような目に加え、大きな臀部、乳房、太ももと女性をかたどっています。

これは高さ8cmくらいの一番小さなモデルで¥735(税込)とお手頃です。

こんなに小さくとも本箱の棚に置けば、そこはインテリジェンスな空間に変ることでしょう。

 是非店頭でご覧下さい。
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エスキモーの遮光器遮光器(写真はエスキモーが用いたゴーグルで、このように太陽光を遮断できるようにした器機)





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